国際癌治療増感研究協会
International Association for the Sensitization of Cancer Treatment

第3回 国際癌治療増感研究協会
協 会 賞

癌治療増感研究の更なる発展を願って設けられたこの賞は、
癌治療増感に関する最近の研究成果が顕著な研究者
または研究グループ代表者に贈られます。

<研究テーマ>
癌治療における静止期腫瘍細胞の意義

増 永 慎 一 郎 氏

京都大学原子炉実験所附属原子炉医療基礎研究所

<略歴>

昭和58年3月 京都大学医学部医学科卒業
昭和58年6月 京都大学医学部附属病院勤務(研修医)
昭和59年4月 滋賀県立成人病センター勤務(放射線科医員)
昭和62年4月 京都大学大学院医学研究科博士課程(内科系専攻)入学
平成 3年3月 同上博士課程所定の単位修得及び研究指導認定
(京都大学医学博士取得)
平成 3年4月 京都大学医学部附属病院放射線科助手
平成 4年8月 京都大学原子炉実験所附属原子炉医療基礎研究施設助手に配置転換
平成 8年8月 京都大学原子炉実験所附属原子炉医療基礎研究施設助教授

<受賞研究>

癌治療における静止期腫瘍細胞の意義

<研究目的>

 従来、放射線治療研究において用いられた実験動物腫瘍に比べ、ヒトの固形腫瘍には細胞分裂を一時停止した静止期細胞(Q細胞)が多く含まれており、この点が人癌の特徴の一つとされる。しかし、増殖期細胞(P細胞)に比べQ細胞は放射線照射によって制御されにくく、放射線治療後の再発癌の多くは、十分に制御され得なかったQ細胞の再増殖が大きな原因の一つであろうと考えられている。他方、Q細胞の多くは、腫瘍内の不均一で乏しい血管分布が大きな原因の一つとなって、低栄養状態と低酸素分圧下に置かれ、その結果、生存状態ではあるが細胞分裂を停止した状態に陥っていると考えられている。従って、薬剤を投与しても不均一で乏しい血管分布のためにQ細胞には、十分な量の薬剤が到達しにくく、化学療法後の癌の再発の原因の一つにも、Q細胞への不十分な薬剤分布が挙げられている。概して、放射線やDNAに作用点を有する抗癌剤の多くは、Q細胞よりもP細胞により強く作用し、放射線照射後や抗癌剤投与後もQ細胞が死滅せず残存することが多く、癌治療における重要課題の一つにはこうした腫瘍内Q細胞を効果的に破壊する方法を開発することにある。そこで、我々が開発した固形腫瘍内Q細胞の反応を選択的に検出する方法を用い、これまでほとんど不明に近かったQ細胞の挙動からみた各種癌治療法の評価を行い、より精度の高い癌治療法の開発を目的とする。

<研究方法>

 我々はまず、in vitroにおいて指数増殖期にある培養細胞をBrdUによってパルスラベルした後放射線照射し、BrdUに対する免疫蛍光抗体法でBrdUを取り込んだ細胞と取り込まなかった細胞を区別し、取り込まなかった(非S期)細胞の微小核(MN)形成率を得、他方、同じく指数増殖期にある培養細胞にHydroxyureaを作用させS期の細胞を死滅させた後に放射線照射し、非S期細胞の細胞生存率(SF)を求めた。対照実験として、やはり指数増殖期にある培養細胞に、BrdUもHydroxyureaも作用させないで放射線照射し、同様にMN形成率及びSFを求めた。その結果、非S期細胞についても全ての細胞周期の細胞についても、MN形成率とSFとの間の相関関係は1本の同一の回帰直線で示され、この事実は直接コロニ―形成法によってSFを求める事ができない細胞集団の放射線感受性が、MN形成率と、全ての細胞周期の細胞についてのMN形成率とSFとの間の回帰直線を用いる事により決定し得る事を示唆した。
 以上の結論を踏まえ、我々は以下の様なin vivoでの固形腫瘍内Q細胞の感受性を検出するための方法を考案した。固形腫瘍としてSCCVII扁平上皮腫瘍またはEMT6/KU肉腫を用い、10万個の腫瘍細胞をC3H/HeマウスまたはBalb/cマウスの大腿部皮下に移植した。共に、約2週間後に1.0 cm直径に成長する腫瘍であるので、移植後9日目より12時間毎に10回、5日間に渡ってBrdUを腹腔内に繰り返し投与し、腫瘍内の全てのP細胞のDNAをBrdUで標識した。BrdUによる標識完了後に、各実験の目的に応じて放射線照射や薬剤投与等のさまざまな癌治療処置を施し、その後腫瘍を摘出、トリプシン処理により単離腫瘍細胞を得た。完全培養液を含むディシュに単離腫瘍細胞を播き、同時に細胞質分裂阻害剤であるcytochalasin-Bを加え、2日間培養した。その後、トリプシン処理にて細胞を剥離し、70%エタノ−ル、カルノア氏液にて固定、スライドガラス上に展開し、抗BrdU抗体及びFITC標識抗マウスIgG抗体による間接免疫蛍光染色を行い、処置時に増殖期であったBrdUを取り込んだ細胞と処置時に静止期であったBrdUを取り込まなかった細胞とを識別した。同時に蛍光色素Propidium iodideにて核酸染色を施し、蛍光顕微鏡下に微小核を観察し、BrdUを取り込まなかったQ細胞のMN形成率を得た。なおこの段階でBrdU標識細胞のMN形成率も得る事ができるが、BrdUと施行された癌治療処置との相互作用が懸念されるので、P細胞の真のMN形成率とは考え難い。こうした一連の実験とは別に、BrdU非投与の腫瘍においても同様の処理を行いMN形成率を求め、さらにコロニ−形成法を用いSFも求めた。このBrdU非投与の腫瘍からは、腫瘍内の全腫瘍細胞(P+Q細胞)を用いた場合のMN形成率とSFが得られるので、このMN形成率とSFとの間の関係式(回帰直線)を導き、先のin vitroでの実験結果で明らかになった様に、この回帰直線関係が同じ腫瘍内の別の細胞集団に対しても同一であろうと思われることを利用し、この関係式とQ細胞のMN形成率から、Q細胞のSFを求めた。
 この様にして求められたP+Q細胞及びQ細胞におけるMN形成率とSFを比較することによって、in vivo状態での固形腫瘍内Q細胞の癌治療処置に対する感受性に関して、以下の「今までの研究成果」で述べている様に、これまでに多くの新知見が得られている。

<今までの研究成果>

 マウス移植腫瘍内Q細胞の電離放射線に対する反応を調べた結果、1) Q細胞の放射線感受性がP+Q細胞に比べ非常に低く(2-3倍抵抗性)、2) Q細胞の潜在的致死的損傷よりの回復がP+Q細胞のそれよりも大きい事、3) Q細胞の低酸素細胞分画がP+Q細胞のそれよりも相当大きい事、4) Q細胞のコロニー形成能はP細胞に比べ低い事、Q細胞には、慢性低酸素細胞分画が多い事、6) 高LET放射線の速中性子線照射によって、P+Q細胞とQ細胞との感受性の差は顕著に小さくなり、7) Q細胞の潜在的致死的損傷よりの回復もX線照射時に比べ、効率的に抑制される事が明らかになった。
 シスプラチンを用いた化学療法に際しては、8) Q細胞はP+Q細胞よりも抵抗性である事(2-3倍抵抗性)、9) 大きな急性低酸素細胞分画含む腫瘍に対しては、血管作動性物質のニコチンアミドとの併用が有用である事、10) さらにカーボジェンガスとニコチンアミドとの併用によってある程度の大きさの慢性低酸素細胞分画を持った腫瘍に対しても感受性を向上させ得る事も実験的に証明された。
 さらには、11) 低温度温熱処置が、腫瘍内の慢性低酸素細胞分画を効率よく解除し、大きな慢性低酸素細胞分画を有するQ細胞分画での酸素化を効率的に誘導し、かつ長時間にわたって酸素化状態を維持させる事実も明らかになり、12) この低温度温熱処置をシスプラチンを用いた化学療法に併用すると、大きな慢性低酸素細胞分画を有するQ細胞分画に対する増感作用を期待でき、13) 血管作動性物質のニコチンアミドと低温度温熱処置との併用処置は、薬剤のQ細胞分画及びP+Q細胞分画への分布を高める可能性がある事も判明した。
 他方、14) 典型的生体還元物質であるTirapazamineを、放射線照射やシスプラチン投与に併用することによって、Q細胞の感受性を顕著に上昇させることができ、P+Q細胞分画との間の感受性の差を縮小させる事ができる事、15) Tirapazamine自身の殺細胞効果も低温度温熱処置との併用で増強される事、16) 化学放射線療法または温熱併用化学放射線療法において、Tirapazamineを使用することが、Q細胞も含めた腫瘍全体の制御に有効である事、17) 血管新生阻害剤のTNP-470処置後の腫瘍に対してもTirapazamineを併用する放射線照射や抗癌剤投与が有効である事、18) 近年、放射線増感作用に期待を持たれている新規抗癌剤のTaxane類 (Paclitaxel, Docetaxel)も、P細胞に対する放射線増感作用のみが強くQ細胞に対してはほとんど認められず、Q細胞の制御にはやはりTirapazamineとの併用が必要とされる事実も明らかになっている。
 最近では、19) SCCVII腫瘍においては、Tirapazamineやシスプラチン処置後には低温度温熱処置後と同様に腫瘍内の低酸素細胞分画が低下し、ブレオマイシン処置後では放射線照射後と同様に腫瘍内の低酸素細胞分画が上昇する事、20) X線照射が、Q腫瘍細胞からP腫瘍細胞への再分布現象(recruitment)を誘導し、21) Tirapazamine投与は、逆に、P腫瘍細胞からQ腫瘍細胞への再分布現象を誘導する事も明らかになっている。
 当実験所で利用可能な原子炉中性子線照射に関しては、22) 中性子捕捉化合物のQ細胞への分布は、P+Q細胞よりもかなり低く、ニコチンアミド投与や低温度温熱処置の併用である程度は分布が改善されるものの、両細胞分画への分布量の格差は依然として大きい事、23) 中性子捕捉化合物非投与下での中性子照射に対する腫瘍内のQ細胞の感受性は全腫瘍細胞(P+Q細胞)よりもやや低い程度だが、γ線照射時程の差はなく、従って、γ線照射時と比べた相対的生物学的効果比(RBE)は、Q細胞の方がP+Q細胞よりも大きく、低カドミ(Cd)比中性子線を用いた照射の方が、このRBEが大きくなる傾向がある事、24) 化合物非投与時と比べた中性子捕捉化合物投与によるQ細胞とP+Q細胞との間の感受性の拡大は、低Cd比より高Cd比中性子線照射時に顕著である事、25) 中性子捕捉反応後の再酸素化現象の分析は、中性子捕捉化合物の投与がQ細胞とP+Q細胞との間の再酸素化速度の相違を顕著にし、中性子捕捉化合物非投与下にくらべ共に再酸素化速度を遅延させ、特にBPA (p-Boronophenylalanine-10B)使用時にはγ線照射後と同程度に遅延させる事、26) 熱中性子線照射後の再分布は、中性子捕捉化合物非投与下ではほとんど認められず、中性子捕捉化合物、特にBPAの投与によって顕著になり、分割中性子捕捉療法によるQ細胞からP細胞への再分布現象に基づく中性子捕捉化合物のretargetingの可能性も示唆された。
 これまでは、細胞の分裂死(増殖死)に密接に関連するとされる微小核出現率を指標に感受性を検出してきたが、27) アポトーシス死を指標とする感受性の検出法もまた、我々が開発した固形腫瘍内Q細胞の感受性検出法に適用可能であることが、分裂死を主体とするものからアポトーシス死を主体とするものまでの4種類の腫瘍細胞系を用いることによって既に確認されている。28) このアポトーシス死及び微小核出現率の双方を指標として、新規に開発されたBPAのαアミノアルコール体BPA-olが、P+Q細胞とQ細胞の両方の感受性を共に高め、Tirapazamineと低温度温熱処置との併用でQ細胞の感受性をさらに高めることができ、有望な中性子捕捉化合物の一つであることも明らかにした。また、29) 放射線感受性に影響を与えるとされてきた腫瘍細胞のp53 statusとQ細胞の感受性との関係についても、p53 statusがwild typeであろうとmutation typeであろうと、Q細胞とP+Q細胞との間の放射線感受性の差は、アポトーシス死及び微小核出現率を指標とする限り、ほぼ変化せず一定であり、腫瘍治癒の視点から見るとQ細胞の感受性を上昇させP+Q細胞との間の感受性の差を縮小させる努力がp53 statusにかかわりなく必要であることも明らかになった。

<これからの研究計画>

 腫瘍内Q細胞に関する知見を基にして、癌治療に対して抵抗性を示すQ腫瘍細胞を含め、固形腫瘍を効果的に制御し得るDNA損傷処置ないし、その修飾薬剤や修飾処置をスクリーニングし、より有効な固形腫瘍治療様式の確立のための情報として新規薬剤開発研究などにフィードバックさせていきたい。さらには、Q細胞内に出現する各種の遺伝子産物や温熱処置によって誘導されシャペロン作用を有するとされる熱ショック蛋白質等の挙動を蛍光物質標識抗体を用いた免疫蛍光染色法により分布部位も含めて検出し、Q腫瘍細胞の反応により本質的に関わると考えられる蛋白質や遺伝子(産物)を検索し、Q腫瘍細胞をさらに効率的に制御し得る新たな処置法も模索していきたい。
 他方、当実験所で施行可能な中性子捕捉療法(NCT)に関しては、中性子捕捉化合物の腫瘍内分布改善のための併用処置の最適施行様式を模索し、中性子線照射後の腫瘍内P+Q細胞並びにQ細胞における再酸素化及び再分布の所見も加味し、分割NCTや再発予防を目的とする低LET放射線のNCT施行後の追加照射の可能性等も明らかにしたい。また、Q細胞への分布量が非常に少ないとされる従来の中性子捕捉化合物の短所を、Q細胞への効果の顕著な生体還元物質であるTirapazamineを基とした新規の中性子捕捉化合物の開発によって克服し、従来の中性子捕捉化合物との併用も考慮しつつ、より効果的なNCTの実現に向けて努力したい。

<連絡先>

増 永 慎 一 郎
〒590-0451
大阪府泉南郡熊取町野田1010-923
京都大学原子炉実験所附属原子炉医療基礎研究施設
TEL: 0724-51-2406, 2487
FAX: 0724-51-2627

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