血管新生のシグナル伝達と転写調節
佐 藤 靖 史
東北大学加齢医学研究所腫瘍循環研究分野
癌遺伝子と癌抑制遺伝子の変異によって細胞が悪性転換し、癌腫が形成されたとしても、腫瘍血管新生が生じなければ、癌は2〜3mm(3)
以上に大きくなることはできない。これは、癌細胞の増殖速度が遅いのではなく、細胞増殖と同程度のアポトーシスが生じ、全体として増大できないためであって、腫瘍血管が新生されると、癌細胞はアポトーシスを免れ、結果として加速度的に増大する。また腫瘍血管新生は遠隔転移とも密接に関連する。このため、腫瘍血管新生を阻害することが、癌の新しい治療法として注目されている。
血管新生とは、既存の血管の内皮細胞が血管新生因子の刺激に反応し、プロテアーゼを産生して基底膜や間質の細胞外マトリックスを消化し、遊走・増殖して、新しい血管ネットワークを構築する現象である。血管新生は上記のステップのいずれかをブロックすることよって阻害される。我々は、血管新生を血管内皮細胞のシグナル伝達と転写調節の観点から解析している。血管新生因子の中で特に重要と考えられているのがVEGF
(vascular endothelial growth factor)であり、血管内皮細胞はFlt-1(1型受容体)とKDR/Flk-1(2型受容体)を発現してこれに反応するが、ヒトの血管内皮細胞におけるFlt-1とKDRの機能については十分には解析されていない。中和モノクローナル抗体を用いた最近の研究から、KDRのホモダイマーとFlt-1/KDRのヘテロダイマーは細胞増殖、FAKのリン酸化、転写因子ETS-1の発現誘導のシグナルを伝達するのに対して、Fl-1のホモダイマーはアクチンの再構成を介して細胞の運動性を調節することを明らかにした。さらに、転写因子ETS-1は標的遺伝子としてプロテアーゼとインテグリンの発現を促進し、内皮細胞を浸潤性のフェノタイプに変換することを明らかにした。
以上の結果は、血管新生の阻害を考える上で重要な知見である。